片山好寛・静江の歌碑 |
JR久留里駅下車 徒歩20分
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なぜか久留里城にはたくさんの石碑があります。でも、聞いたことのない人だなぁー。
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| 片山好寛 |
幟立つるならはしも失せし村祭り
母あればこそはらからつどふ
藍染めの糸もて亡父かあかぎれを
縛るしぐさのうかぶ雪降り
朝まだき荒磯に立てば犬吠の海と
空とを分かつかがやき |
| 片山静江 |
御題 旅
旅終へし白鳥のむれ首のべて憩ふ
瓢湖の水しづかなり
御題 空
まんぼうの形の雲はわが心乗せて
ゆっくり大空をゆく
城山をいただく里に清らなる水湧き
いでて人を潤す |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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宮山久美子の詩碑です。やっぱり誰なのか、良くわからない・・・
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| 松戸市 宮山久美子 |
夕つ日を背負ひて寄せくる波の穂が渚の岩をはっしと掴む
緞帳の上がるがに山の霧晴れて斜面を埋めし花匂ひ立つ
愛してる愛してないと花びらは少女の指につまれ散らばるふ
瀬光りに濯ぎたる手を抱きて寝る旅の終わりの短きひと夜
あてもなく野菊の道を行きゆけり己が時間というを惜しみて
着地する地は風まかせしまくらをふうわりふわり気球たんぽぽ
朝市は花火が合図と書かれある無人駅すぎて一面の秋
咲きしなふ山吹の花明明と野仏の肩つつむ夕ぐれ
祈るがに身体を折りて受く麻酔現の音を少しづつ消す
献体の後は海に散るだけの骨を包みてししむら肥る |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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吉村廣の歌碑です。やっぱり誰だかわからない(^^ゞ
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| 愛別離苦 |
| 吉村 廣 |
妻逝きぬ叱咤激励ただ空し
優しからざりしわれを責めおり
華の道の秀でし妻へ供花すれば
りりしき所作の浮かび出でくる
抱き上げし妻の重みの薄れゆく
時の流れよ悲しみも消せ
息あわせ肩だきあいし二人三脚
愛房逝きてわれは木偶なり
妻逝きて寂しからむか犬とても
われを呼びては纏いつくなり
亡き妻の漬けたる梅の舌にしむ
しばしとどめて粥をすすれり
買物の供したる日の幸せを
しみじみ思う歳の暮れかな
斑鳩の仏の微笑変らねど
共に巡りし妻はるかなり
かなしみはなみだにとけてまさびしき
いずみとなりてわきいづるかも
あの世にてまこと会えるや亡き妻に
如何なるらむ夢の終わりは |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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大塚喜一の歌碑です。弁護士って書いてあったけど、有名な弁護士なのかな?
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わが胸に着けるバッチは烈日に
面を向けるひまわりの花 |
| 弁護士 大塚喜一 |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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6人分の短歌の刻まれた歌碑です。
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梅雨寒の幾日か続き冷ゆる宵を
蛍が稲の株間に灯す |
| 鈴木 重雄 |
明日のなき人類かなどふと思ふ
百世の後の杉檜植ゑつつ |
| 久保 牛彦 |
砂に書く文字浸し来る小波の
泡は汀に陽を吸ひて消ゆ |
| 鳥井 ゑ津 |
雨城跡の桜木立は静もりて
冬の陽斜にかげを落せる |
| 藤平 美恵 |
若竹の弧になびくさまを亡き父は
竹の子流しの風と教へき |
| 四宮 喜美子 |
山神の怒り宥むと酒酌める
杣らも老いて山は荒れゆく |
| 鈴木 浩 |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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たぶん、上総俳句の会の人たちが作った俳句だと思います。
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| いにしえの兵征きし花の坂 |
波多野 武 |
| 立春を待つと日記に書きそえる |
増戸 栄一 |
| 故郷の訛りにかへる帰省の子 |
手塚 初枝 |
| 拾い読む雨城の碑文若葉風 |
和田 達雄 |
| 北風に耐えて地を抱く崖の松 |
長島 きく |
| 城山にむかしの光り春の月 |
松崎 隆 |
| 囀りの楽しき野山昏れにけり |
矢嶋 さと |
| 野佛も花の香に酔う彼岸かな |
波多野 省三 |
| 間伐の斧のこだまや春を呼ぶ |
松崎 清香 |
| 昏の鐘流るる水に芹洗ふ |
田丸 カネコ |
| 新緑や山気満ち充つ尾根伝い |
萬崎 庄司 |
| 男井戸には岩に滴る歴史あり |
川名 美津子 |
| 柿照りて梢にかかる天守閣 |
早川 修次 |
| 朧夜や灯りの語る獅子ヶ鼻 |
川名 昭子 |
| 鼻欠けてなお微笑みて春地蔵 |
末原 正彦 |
| 滴りの打ちては揺るる岩の草 |
渡辺 多加 |
| 穂芒に遊びごころの風のあり |
影山 敏雄 |
| 桜咲く散るも明治の孤高かな |
川名 規堂 |
| 平成十四年六月吉日 かずさ俳句の会 |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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前田孝一さんの石碑です。前田孝一さん、あとで調べてみます・・・
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| 久留里 |
| 前田 孝一 |
切り立つ城山の天守閣に上る
幸せの時をはむ人の足音が続く
風光り青雲をよぶ鳥の群れ
もがり笛の音 ひょうひょう
かずさ掘りの技のなす
噴き井戸の里
かれることもなく
ささやきかけてくる
運気の風の線は森を駆け上がり
四海へと飛んで行く |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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渋田耕一さんの石碑です。知ってる人が誰もいないんだよね(^^ゞ
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| 退院 |
| 渋田 耕一 |
眼が還ってきたので
手で出迎える
耳・鼻・口・胴体・足・・・・・・
ほかの部分はすべてそろっているのだが
ギリシャ神話の
生まれつきの老婆(※)のように
眼と手とをおたがいに交換しながら
ぼくたち夫婦は
生命のつづきに生きのこらねばならない
ぼくにない眼はきみから借りる
きみにない手はぼくのを貸そう
若さの極限で沸騰した血を
死ぬまで冷やさず
あぶないいまの深さをえぐり
きみは絵を
ぼくは詩と絵をかきまくるのだ
※グライアイのこと 三人で眼と歯を共用。 |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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安部洋子さんの石碑です。短歌のようです。
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| 安部洋子 |
花びらの吹き来し庭の水たまり風吹くままの花万華鏡
ふんわりと大輪のバラは開きたり会話のはずむ午後の一刻
雨過ぎて森の緑の艶めきを洩れ来る子等の声華やぎぬ
朝顔の青のぼり行く電柱を見上ぐれば雲は巨人に似たり
向日葵の立話する背後より赤ワンピースはスキップしつ来る
灰色に塗りつぶされし雲間より一つ星出づ遠き囁き
アルバムの中の紅葉の久留里城史蹟を巡り子と歩み来し
冬鳥の饒舌は今朝はげしかり枝に残れる柿に群れ来て
枯枝にミカンの輪切りを差しおける老いの手の見え鳥影動く
蜘蛛の囲の中心に在りて動かざるクモは座禅の中にあるらし |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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日立京専寮の寮の歌詞の掘られた石碑です。なんでもアリだなぁ(^^ゞ
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「日立京専寮」寮歌
前田貞明作
一九六二年四月制定 |
| 一 |
勇み立て我が魂よ
智恵の種朋友と共に我蒔きて
我が手もてこれを培い
いざ満たせ春の命 ああ日立京専寮 |
| 二 |
この窓に朋友と琢磨す
踏まれたる野辺の小草の弾ぬるごと
不撓不屈に荒海越えて
真理を探究めんとなり ああ日立京専寮 |
| 三 |
輝ける希望の瞳
たぎりたつ若き血潮いざ行かん
逞しき翼広げて
人の世の高き使命に ああ日立京専寮 |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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高橋こむさんの短歌かな。僕は聞いたことのない人だけど、地元では有名な人なのかな?
たくさん建ち並んでいる石碑ですが、地元NPOによって一般から詩や歌を公募し、有償で石碑を建てる「詩歌の森事業」によって建てられた石碑たちです。
現在では、久留里とは無縁の詩歌の石碑が乱立し景観を損ねるなどの事情によって、事業は中止されています。
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閑かなる
師走の古城に
夫ときて
言葉少なに
息子を偲ばむ
天守閣
亡き子慕いて
訪れば
燥ぎし姿
あの日のままに
佇みて
亡父は語りし
雨城の
遥かな歴史
坂ゆるやかに |
| 市原市 高橋こむ |
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| 撮影:2007年03月11日 |
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やっとちゃんとした石碑を発見。でも、上総ライオンズクラブって書いてある(^^ゞ
戦国時代の1554年(天文23年)晩秋、北条綱成が2万余騎の兵を従えて向郷に陣屋を構えました。里見義堯、里見義弘の守る久留里城を攻撃してきました。
久留里城は里見義堯の戦略によって湯名城主山本左馬允、一宮城主須田将監、鳴戸城主忍足美作守、大多喜城正木時茂、周西城主茂木与茂九郎らの武将が馳せ参じ、小櫃川を挟んで数十日間あまりの攻防戦を繰り広げ、北条軍を撃退しました。
特に茂木与茂九郎は、16歳の少年武将でしたが、敵将火災左京介と小櫃川の中で組み討ちとなり、討ち果たしました。
翌年の弘治元年、再び北条軍の攻撃を受け、激戦となりましたが、久留里城は落ちることなく難攻不落の名を関東にて高めました。 |
| 撮影:2007年03月11日 |
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